舞台保存会だより7 暮のひと仕事・狛犬の移転
暮のひと仕事・狛犬の移転
年の瀬も迫る中、伊勢町2丁目と中町2丁目の舞台は越年で改修工事を行います。舞台が外にいる間、しばしば当該町会では舞台庫の整理(いらない古い道具を捨てる)などが行われますが、この度伊勢町2丁目町会では舞台庫前の狛犬の移転工事を行いました。
この舞台庫は宮村町冨士浅間神社の境内にあります。所謂『宮村舞台庫』4庫のひとつで、他の3つの舞台庫はおそらく昭和30年代前半に一体で建てられていますが、伊勢町2丁目だけは遅れて単体で建てられたため他の舞台庫とは条件が異なりました。
その最たるものが舞台庫の正面に冨士浅間神社の狛犬が鎮座しているということで、舞台庫からまっすぐ舞台を曳き出すと狛犬の硬いお尻にぶつかって舞台が壊れます。2丁目の人たちはいつも舞台庫の中から舵を切って何度も切り返しながらやっと狛犬の脇をかすめて舞台を曳き出していました。仕舞う時も同様、その舞台操縦には運転初心者の車庫入れを思わせる緊張感が漂います。
他に仕方なかったのでしょうが、何が悲しくて態々こんなところに舞台庫を建てたものかと、神道まつりの朝夕などには伊勢町2丁目舞台の出し入れをよく見に行ったものです。
今回の舞台改修にあたり狛犬の移設を提案しましたところ、町会関係者は直ちに賛同して話が具体的に進みました。
冨士浅間神社境内は建造物も含めて宮村町(1,2丁目合同)の管理地です。狛犬の移動には当然宮村町および神社の了解が要りますが、宮村1丁目も同じ舞台町会。苦労は十分に承知ですから快く同意してくださり、移設場所もこれまでよりおよそ10メートル西の鳥居の両脇と決まりました。
台座の刻銘によればこの狛犬は昭和6年11月、飯田町の檜皮屋・林氏の奉献とされます。今から78年前、満州事変が勃発しています。時節柄かこの頃の狛犬は毛並みが流麗で身体は逞しく、精悍で烈しい表情をしたものが多いように思います。檜皮屋は高砂町かどの林人形工房さんです。
北風が寒くいよいよ冬の到来を感じさせた12月6日午後、伊勢町・宮村両町会の関係者が境内に集い、富士浅間神社禰宜の牟礼神職により狛犬移設の清祓い神事が行われました。動いていただく狛犬様にお供えと拝礼を捧げ工事と境内の安全を祈願します。
月の中頃から宮村町の伴石材店により移設作業が始まりました。古い石造物は風化により石がもろくなっているため新造以上に神経を使うとのこと。台座などいったんパーツごとに細かく分解し、新しい場所に基礎から同じ石材を組み上げてゆきます。そして12月25日、無事移設工事が完了しました。
移設場所を検討の際、場所の移動により妙な感じにならないかと気を揉みました。ところが豈図らんや、鳥居の両側に据えられた狛犬は前の宮村通りを見下ろすように堂々と屹立しています。それを見上げて石工伴さんの曰く「昔からここに在ったような…。」
存在感は今までの数倍、でも言われないと気が付かないほどの馴染みようで安堵しました。
(鳥居の脇に鎮座した狛犬と伊勢町2丁目舞台庫) (すっきりとした舞台庫前…但し普段は駐車場)
新たに座りなおした狛犬は鳥居の両脇で神社と境内をしっかり護っています。伊勢町2丁目を始め舞台と舞台庫にとっても、あらためてありがたい守護神の登場といったところでしょうか。
新年、深志神社に初詣の際は少し足を延ばして浅間様の狛犬も見てやってください。